このページは、『 熊本日々新聞 』 に連載した一部で、それに写真を追加したものです。

グレートジンバブエ

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“大きな石囲い”の中の塔。何に使ったか不明

 ジンバブエの首都ハラレから真南に約330キロ走った所に、この国の名前の元にもなり、コインのデザインにもなっている遺跡がある。グレートジンバブエと呼ばれるその遺跡は、メインルートから折れ、三〇キロ程行った所に見えて来た。
 以前この遺跡をテレビで見た。その時は、悪路を延々走ったジャングルの奥にひっそりとある遺跡、というイメージだったが、実際行ってみたら遺跡のすぐそばまで舗装道路が来ており、近くにはここの観光目的であろうプール付きの高級ホテルまであって、ちょっとがっかりした。
 遺跡の入り口の公園管理事務所にバイクを預け、中に入った。この時、先客は白人の旅行者が数人居ただけで、閑散としていた。ジンバブエとは、現地の言葉で“石の家”という意味らしい。それに英語のグレート、偉大なとか、大きなとかの形容詞が付いてこの遺跡のことを表している。
 この遺跡は一九世紀イギリス人によってヨーロッパに紹介された。その時は色んな説が出たが、今では11世紀から15世紀の間にこのあたり一帯で栄えた黒人の王国により15世紀頃作られた、と言うのが定説になっている。
 ところが、分かっているのはそこまでで、どんな人々が作ったのか、何のために作ったのか、ということは全く分かっておらず、今でもブラックアフリカ最大の謎らしい。
 グレートジンバブエは、“大きな石囲い”と呼ばれる高さ11メートル、厚さ5メートル、周囲225メートルの壁で囲まれた所と、そこから4・500メートル離れた小高い山の上にある“丘の上の遺跡”と呼ばれる所の二カ所の総称である。

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“丘の上の遺跡”とそこから見た“大きな石囲い”

 遺跡の壁は、レンガ状の平たい石を直線にならないように積み上げて作ってあり、山のそれも自然の大きな岩を巧みに利用して曲線の壁を作ってある。“丘の上の遺跡”の頂上から見下ろすと“大きな石囲い”がほぼ円になっているのが小さく見える。よく見ると、近くにも小さな丸い石積みが見える。
 ここを中心とする半径数百キロの広大な一帯で、同じ様式の石積みの遺跡が百五十以上発見されているが、それらもまた、謎のままだ。
 この日、高級ホテルには泊まれず、遺跡の見えるキャンプ場にテントを張った。翌朝、テントを出ると、目の前にグレートジンバブエの石積みが見えた。目覚めは、高級ホテルより良かったのかも知れない。

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遺跡の近くに保存してあった古い民家

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