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アフリカの風になって
アフリカ大陸へ
白いペンキで塗られた平屋建ての家が並ぶ街並みを抜け、港の見える丘に登って海を見ると、左側に巨大で真っ黒な岩山が目に止まる 。そこはスペインでありながらそこだけイギリス領になっているジブラルタルだ。
ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸とを結ぶ最短距離のフェリーはこのジブラルタル海峡が目の前に広がるここ、スペイン・アルヘシラスという港から出る。
遂にやって来た。オーストラリア・ユーラシア・ヨーロッパと走り抜けて来て6大陸走破へ向けての第4の大陸アフリカが目の前にある。以前、アフリカ大陸へはイスラエルからエジプトへと入ったことがあるが、今回はアフリカ大陸をを縦断するのかと思うと自然感慨も違ってくる。
この街に着いて、遅い昼食を取っていると、
「 アフリカが見える高台があるゾ 」
と店のオヤジに言われ、さっそく登ってみた。
その高台には灯台があり、そこからはアルヘシラスの街と地中海が一望のもとに見渡せた。しかし、この日はガスがかかっていて遂にアフリカ大陸を見ることは出来なかった。見えなかったが、しばしそこに座って眼下の地中海を眺め、これから走るであろう砂漠、ジャングルのことに思いを馳せた。しばらくすると、何か恐れ多いものに立ち向かって行く時のような、そんな気分の高揚が腹の底からふつふつと沸き上がって来た。これから先、アフリカで自分はどうなるのだろうか、想像も出来ない。
この夜、ビールを飲んでも気持ちの高揚が収まらず、長いこと眠りに就くことが出来なかった。
ジブラルタルの岩山を後に、アディオス、ヨーロッパ!
翌朝、1991年1月9日、10時のフェリーに我が愛車ホンダXLR250と共に乗る。同乗のバイクは無い。ここからアフリカ大陸まではほんの1時間半ほど。対岸はモロッコだが、その中にあるスペイン領セウタという街までの船旅となる。料金はバイクとも約3900円。埠頭に行くとすでに上船は始まっていたが、バイクは最後まで待たされての乗船となった。バイクの固定はセルフサービスで日本のように船員がやってはくれない。それどころかロープさえ用意してくれないのだ。ロープを探し出し、バイクを固定していたらいつの間にか船が動き出した。急いで後部デッキに上がる 。
右手にイギリス領ジブラルタルの、巨大なラクビーボールを建てたような岩山が遠ざかってゆく。旅をしたり住んだりして結局1年近くも居てしまい、多くの思い出を残したヨーロッパがあわただしく消えてゆく。もう少し出港の感傷に浸りたがったがしょうがない。アディオス、ヨーロッパ!
アフリカの第一歩、セウタの古城
30分もすると前方にモロッコの巨大で真っ黒に連なるギザギザの岩山が見えてきた。気持ちが高鳴ってくるのが分かる。もうここに足を踏み入れたら当分帰れない、そう思うと自然気持ちも引き締まってくる。そんなことを考えていたらすぐに陸地が目の前に迫ってきた。
その岩山の途切れたところがセウタだった。あまりにもあっけなく着いてしまった。あわただしく船倉に降り、上陸準備をする。車の間を縫って外へ出た。アフリカとは言えまだスペイン領なのでそのまま街の中へ入ることが出来る。街並みは意外な程、というか当然というかスペイン風。街中を走っていてもまだアフリカという気がしない。不思議なことにこの街にはホンダの軽トラックがやたらと多い。スペイン本土では見かけなかったのに、この街だけやけに多いのは免税地域だからだろうか。でも、他メーカーや他の機種のトラックはなく、何故にホンダの軽トラばかりなのか?結局理由はわからなかったがそんな意味もない疑問を抱きつつ、観光をしたりバイク屋に寄って整備をしたり、郵便局に行ったりしてあっという間に四時間が過ぎ、ようやくモロッコとの国境へ向け出発した。
街を出る前にガソリンを入れようとスタンドに寄ったらレストランで確認していたカードが今日に限って使えない、と言うので既に予備ガソリンになっていたがしかたなく少し残っている小銭で一リットルほど入れた。フェリーに乗る為、計算してガソリンをギリギリ少なくして来ていたのだ。でもまあ今さら再び両替するのも面倒だし、スタンドはモロッコ側に入ったらすぐあるだろう、とたいした問題にもせず国境に向かった。
国境は街から数キロ離れた、人家もまばらな閑散とした砂漠の中にあった。砂とゴミが舞い上がる国境は先程までのスペイン人の街とは打って変わって想像していた通り埃の中を喧噪が吹き抜けるアラブ世界だった。行き交う人々もアラブ系の顔が多く、買い出しに行ったのだろう、一様に皆大きな荷物を担いでいる。 その荷物を満載したモロッコナンバーの車の後ろに並び、通関する。
意外なほど簡単に国境を越えられたものの困ったことになった。何と両替が出来ないのだ。現金ならヤミ両替屋が換えてくれるがレートが分からず、かなりフッかけられているようでシャクだし、20数キロ先の銀行で両替できる、と税関員が言うのでそのまま先へ進むことにした。
埃舞う国境、ゲートから先がモロッコだ
30分もしないでその銀行は見つかったが何と、
「 ここではできない。次の街の銀行へ行け!」
と言われてしまった。
スタンドは目の前にあるのに金が無くガソリンを入れることが出来ない。小さいドルでもあれば適当に1ドル分くらい入れるのだがあいにくそれも無かった。しかたなく先に進む。そして10数キロ走り、ついにガス欠。 いやー、まいった。ケチらずに国境で少し両替しておけば良かった。後悔先に立たず。こんな所でガス欠になるとは、情けない・・・。
どうしたもんか、とバイクを止め、思案していたら国境で見かけ、ついさっき追い越したばかりのベスパ( スクーター )のふたりが止まってくれた。捨てる神あれば拾う神あり。ありがたい。彼らはふたりとも22歳のドイツ人。なんと200CCのベスパでミュンヘンから6日間でやって来た、という。3週間ちょっとの休みを使ってモロッコを回り、再び陸路帰ると言う。
結局、この日はついに両替ができず、彼らに助けてもらうことになった。日が暮れた後、ベスパとともに山道を100キロほど走り、ララシュという街に入った。
CONTINUE
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