|
宗教国家イラン。当時、ビザ無しで入国できたのは先進国では日本だけで、インドで会ったドイツ人ライダーに後で聞いたら、1週間のトランジットビザしかくれず、強制両替もあったそうです。もちろんアメリカ人は入国不可。パキスタンではなんとか高級ホテルのバーでだけOKだった酒もダメ。ポルノ、ドラッグは当然全くの御法度。ヘタすりゃ死刑です。一番待遇の良い日本人でさえ入国の際の荷物検査は、インドのようにワイロこそ要求してこないものの徹底的でした。 |
唯一マトモだったイミグレーション職員。税関敷地内で撮影させてくれた。
ZAHDAN
国境から離れると兵隊の顔も穏やかになった。この時貰ったイスラム教の数珠はこの後、
旅が終わるまでバイクのキーホルダーとなった。
全くの無事で完走できたのはアッラーの神のおかげか・・・。
ちなみに、兵士の初任給は、何とコーラ数本分にしかならないという。
砂漠地帯を走っていたら、真っ黒な壁のような砂嵐が近づいてきた。壁に突入すると辺りは真っ暗になり、
砂と雨が吹き荒れた。それが数分続き、突然嘘のように空が元の明るさに戻った。
SHIRAZ
シラーズの入り口にあった通称 “ ホメイニ門 ”。イスラム教では絵、写真等の偶像崇拝を
禁止しているのだが、ホメイニさんだけは別らしい。左の顔はハメネイさん。
以前新聞ではハメナイ師、と表記していたがイスラムの坊さんだけに、
ハメない師、じゃまずかったのかしら?
PERSEPOLIS
2500年ほど前、アケメネス朝ペルシャのダリウス王によって建てられた宮殿。
その200年ほど後、アレキサンダーによって破壊された。
イマジネーションが乏しく、当時の風景は目に浮かばなかったが、ここを歩いていたらなぜか、
たとえ帰れなくなってもタイムスリップして栄華を誇った頃に行き、ここで暮らしてみたいと思った。
ただし国賓として迎えてくれたら、だが。奴隷だったらイヤだもん。
ペルセポリスから数10キロ行ったところにパサルガダェという遺跡がある。
これは “ キュロスの墓 ” と呼ばれるもの。
ESFAHAN
ペルシャ帝国の頃 “世界の半分” と言われたほどを繁栄した古都がここ。イランの京都、
といったところだ。美しいモスクが多い。左はマスジュテ・イマーム。中はマスジュテ・ジョメ。
右はその裏に続く最も古い日干しレンガ作りのモスク。かつてジンギスカンが本部に使ったという。
|
当時戦時中だったこの国では対ドル闇レートが20倍近くあり、100ドルを交換したら札束がどさっときて驚きました。更に驚いたのは、ガソリン。産油国である、ということを差し引いても何とリッター3円!行く先々で一番高いホテルに泊まりましたがテヘランで一番高い「 ホマホテル 」( 元シュラトン!)でも何と二千円ほど。地方ではせいぜい千円です。 |
TEHRAN
DOWN WITH USA! と至る所に書いてあるほどアメリカ嫌いな国だが、
白バイ( 後ろの黒いヤツ )はハーレー、パトカー( 左側 )もアメ車で米ドル大好き、という国でもある。
坊主憎けりゃ・・・という諺はこの国にはないらしい。
テヘランのバザール。( 中 )は日本でいう居酒屋。ただし酒は一切無く、
お茶を飲みながら水タバコを吸うだけ。当然女性は入れない。
右はホマホテル最上階、NHKテヘラン支局から撮った雷。この頃時々イラクからスカッドミサイルが
飛んで来ていたが私の滞在中は飛んで来なかった。NHKの二村さん、お世話になりました。
WHAT IS IRAN?
|
イスラム国家とは凄いものである。前記したように酒、裸はもちろん禁止だが、肌を出すのも御法度。男の私でさえ一度短パンTシャツで歩いていたら怒られた。女なら、顔と手以外の肌を出すことは勿論、体の線の出る服、髪の毛を出すことも禁止なのだ。 |