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インドからネパールに入ったとたん、なぜかホッとします。人々の目が穏やかなのです。インドよりも貧しい国なのですが、バイクを止めていても誰もいじくりに来ないし、人だかりもできません。
宗教の違い?( 同じヒンズー教が主ですが、ネパールは仏教、ラマ教が自然とミックスされているのです )、人種の違い?歴史の違い?ともかく、ネパールは、インドを旅する人達にとってオアシスなのです。
これがインドとのバイワラ国境。
仕事をしようとしない係官にいかにして仕事をさせるか、が早く抜けるコツ。
KATMANDOU
左から、
有名な目玉寺“ ボーダナート寺院 ”とニャタポラ寺院。
旧王宮、つまりネパールの皇居の中。右はその門前にあった土産物屋。
WAY TO CHINA
中国との唯一の国境を見に行く。エベレストを見ながら走る。
右のバイクの後ろ、崖の向こうはもう中国だ。
ネパールの子供も小学校に上がるくらいの年でみんな働いている。
ファミコンもマンガもないが、日本人のガキよりみんな生き生きしている。
インドに近いチトワン国立公園の、象に乗ってサイを見に行くツアー。
乗り心地は “ Like a IndianBus”
ここには電気も水道もなく、牛と象以外の交通機関もない。
( 今では電気も水道も交通機関もあるそう )
インド国境近くにルンビニ村がある。この菩提樹(3代目とあった)の下でお釈迦様が誕生した。
木の脇にある小さな池(当時のままらしい)で顔を洗った。
WHAT IS NEPAL?
インド亜大陸を旅する人にとってネパールは心のオアシスのようなものだ。インド人に疲れた人は、ここに来るとあの鋭い視線から解放されホッとする。
食い物は美味いし、人も穏やかで街も景色もいい。ここで英気を養ってまたインドへ降りて行くのだ。ただし、衛生面に関してはインドよりもひどい。インドへ行った人は衛生面のひどさに驚くが、ネパールはもっと悪い。衛生観念がないと言ってよく、下痢の1度や2度は覚悟した方がいい。トレッキングルート、道路脇の岩影はウンコだらけ。
ともかく貧富の差が激しく、この衛生観念は貧しさから来ているのかも知れない。当時、ビレンドラ国王はバカ殿として贅沢を尽くし、陰では庶民に嫌われていたが、一応民主化された今、どうなっているのだろう。また是非行ってみたい国だ。 (※)その後、思っていた通りバカ殿は身内に殺され、タナボタ式に転がり込んだ国王の座に内心ほくそ笑んだであろう現国王も、さすが親戚の血なのか頭の中は前国王と大して変わらず、国民に見放され、政権を追われました。とりあえず本当に民主化されたようですが、そのどさくさに力を付けたマオイスト(毛沢東主義を掲げるバカども)が心配です。中国と手を組むか、インドと手を組むかで今後大きく変わっていくでしょう。(”06年6月記)
INDIAagain
高地ネパールから再び灼熱のインドへ降ります。これから行くバラナシからアーグラーあたりが世界でも有数の暑い地域で、しかもこの時期( 6月末 )が一番暑い時期だったのです。
路面温度はかるーく60度を超し、舗装の悪いインドのアスファルトはドロドロに溶け、全身水をかぶっても20分で乾き、夜でも35度を下らず、部屋の中にバケツで水を撒かないと寝られないという、日本の熱帯夜なんて寒いくらいの気候の中をひたすら走り続けます。
VARANASI
日本語で言うとベナレス、ガンジス川ですが、日本でしか通じない言い方。本当はバラナシ、ガンガーです。 ここはヒンズー教の聖地で、どんより澱んだ聖なる川には死体、ウンコが漂い、その前で体を荒い、歯を磨き、
米を研ぎ、死体を焼き、洗濯をしています。
混沌、性、業、運命、人生、生、死、人間の縮図を目の当たりにしているようです。

生ぬるい人生を歩んできた日本人にはショックな光景。ただし、見る分には凄いだけですが
インド人のようにガンガーに潜ったり水を飲んだりしないように。異教徒は病気になります。
また写真のように死体を焼いている写真を撮ると袋叩きになる可能性があります。(そんな白人を見ました) ガンガーに架かる浮橋。2005年に行った人の話だと、まだこのままらしい。
KHAJURAHO

建物の周りが全てスケベレリーフで覆い尽くされたカジュラホの寺院。3P・4Pはもちろん、
同性同士、獣姦、なんてのもある。
左の建物は、塔のそれぞれが、ヒンズー教、仏教、イスラム教を表しており、
全てヒンズー教の分派だ、というスゴイ思想の元に造られたらしい。
AGRA

イスラムの大国、ムガル帝国の皇帝、シャー・ジャハンが17世紀、后のために立てた墓がタジ・マハル。
全て大理石製。超豪華。世界一金がかかっている墓。ただし、ここの周りは当時スラム街で、 塀の内と外のあまりの落差に愕然としましたが、 今も大して変わらないそうです。


後にこの皇帝、息子にこのアーグラー城に幽閉され、たぶん(下)の風景を見ながら寂しく死んだ。 本来なら、川の対岸に自分の墓を建て、橋で繋ぐ予定だったらしい。 だからタジ・マハルにある石棺は女房が真ん中でダンナは端っこになってます。
DELHI

首都デリー郊外にあるクタップミーナールには世界七不思議(後の6つは何?)
と言われる錆びない鉄塔(左)がある。本当に不思議!右はオールドデリーの映画館。

新市街にも旧市街にもいろんな屋台が出ていた。(左)きゅうり屋。(中)野菜お好み焼き?ノラ牛。 右はバイクの修理をしたホンダ現地法人、ヒーローホンダのガレージ。 当時はこんなもんだが、今ではインドでも有数の大会社になっている。
INDIAN BIKE

当時インドのバイクは全てメイドインインディア。輸入品は関税300パーセント。
スズキとホンダがスクーターを現地生産していたが、何と全鉄板製。
理由はプラスチックは修理が出来ない、と許可が下りなかったのだ。
左はエンフィールド( 元は古ーいイギリス設計 )の白バイとスペシャル金メッキ仕様、右はインド製ベスパ。
MARKETU


見知らぬ土地へ行くと必ずそこの市場へ行くことにしています。 それがその土地を知るいちばん早い方法だと思っています。これらはいろんな市場で撮った写真です。 インドならではのノラ牛も居ます。みんな綺麗に野菜を並べてますが、それ以外はかなり大雑把です。
TO PAKISTAN
インド最後の州、パンジャブ州がテロのため通行許可が下りず、バイクを汽車に積んで国境まで運ぶことになった。
汽車の中ではインド人兵に一晩中いびられることになった。 (右)最後の駅の駅長と。顔が我ながら疲れ切っている。(中)駅から国境へ向かう途中、 砂漠の多い土地柄、ラクダが多い。(左)国境。この先はパキスタンだ。
WHAT IS INDIA?
世界一ズーズーしい国民である(中国人だ、という意見もあるが、中国奥地には未だ行ったことが無く不明)。特にオバサンは凄く、日本のオバタリアンも可愛い少女に見えてくる程だ。買い物、公共交通、どんな時も並ばない(女は並ばなくていいらしい )。男も女も、大人も子供も信号守らない。人の物を自分の物のように平気で使うし、バイクを止めると何処でも人だかりになって大人も子供もバイクをいじくり回された。 世界中でこの国だけの現象で、誰かこれを人類学的に説明できる人はいないものか?
商人は外国人と見ると足元を見る。土産物などは100倍ふっかけられることもザラ。100ドルが10ルピーになったこともあった。また、出会った全ての役人はそれに輪をかけてひどく、平気でワイロを求めるし、傲慢。オレが法律だ、といった態度。交通に関してもダントツで世界最悪。
この国に比べたら、凄いといわれるバンコック、エジプト、大阪もかわいいもんだった。ともかく、世界でこの国だけが今まで生きてきた常識というものを完璧に破壊してくれた国だった。旅行中、私が神ならインドを国ごと削ってインド洋に捨ててやる、と何度も思ったものだが、最近の原爆問題もこの国民性を研究しないと理解できないだろう。
パキスタンへ抜けた時、国境で「2度と行くかー!インド人死んじまえーっ!」と叫んだものだが、その後、アフリカに行く途中3度も立ち寄ってしまった。まあ、旅をするとハラは立つがまた行きたくなる、麻薬のような国だ。 |