TURKEY


 国境に夕方辿り着き、ぎりぎり手続きが間に合わず国境の街で一泊、翌朝出国。イラン出国は意外にもすんなりいき、インドへ上陸して約5カ月、ようやくトルコへ入りました。トルコ最初の街に行くと、久しぶりにツーリストがいっぱいいてホッとしたものです。特に短パン、Tシャツのオネーチャンが眩しかったのを思い出します。
 イランと比べたらやけに明るく、警察、軍隊にびびることもなく、気持ちよく走ることが出来ます。結局トルコへはこの‘87年と翌年、東ヨーロッパを抜けて中東、エジプトに向かう途中に寄り、結局通算1カ月以上この国を走ったことになりました。
 人はいいし、物価も安いし、食い物も美味く、遺跡もそこら中にあり、ツーリングと遺跡オタクには最高の国です。

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イランとの国境を抜けると目の前に富士山のような美しい山、アララット山
が目に飛び込んでくる。ノアの箱船が流れ着いたという山だ。

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CAPPADOCIA

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町中奇岩だらけ、いや奇岩の中に町があるカッパドキア。岩山を掘り抜いた空中都市あり( 右 )
地下へ掘り進んだ地下都市あり、すっかり気に入ってしまった。穴ぐらホテルに泊まり5日間、
隅々まで走り回った。ちなみにウルギュップ中央公園の売店のアイスクリームは世界一の粘りけ、美味いぞ。


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真っ青な空と白い奇岩のコントラストが美しい。奇岩と奇岩の間に畑が広がる。
この近く、畑の中に奇岩をくり抜いた古い教会の跡がある。

 

ISTANBUL

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イスタンブールに掛かるボスポラス橋がアジアとヨーロッパを分ける架け橋だ。
半年かけ、やっと混沌のアジアを抜けて、ヨーロッパへ辿り着いた。
橋の上から見るイスタンブールの街は霞んでいたが、強い雨の中を走っていたせいだけではなかった。
代表的な巨大モスク。スレイマニ・ジャミとアヤソフィア、スルタン・アフメット・ジャミ。

 

 


BAZAAR

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トルコ最大の市場、グランドバザール。食品から土産物まで何でもあり。
ただし、日本語を話す絨毯屋には要注意 。カモられるゾ。
ボスポラス海峡に掛かるガラダ橋のたもとには名物サバサンド屋の小舟が浮かぶ。
サバフライをフランスパンに挟んで食す。きつい旅を続けてきた日本人には涙ちょちょ切れの味だ。


BLACK  SEA

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イスタンブールから再びアジア側へ戻り、1時間も走ると黒海が見えてくる。そこに海城の遺跡があった。

PAMUKKALE

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山の斜面に温泉の鍾乳棚が広がるのは世界でこことイエローストーンだけ。
ただしここに流れ出る温泉に浸かれるのは世界唯一 。世界一の温泉と言ってしまおう 。眺めも世界一 。
ちなみにここの上のパムッカレホテルにある大露天風呂は最深5メートルほどもある。
そしてそこには何とローマ時代の遺跡が沈んでいるのだ。この古さも世界一か?
※最近の情報では鍾乳棚の方は温泉が枯れて立ち入り禁止になっているそうです。

 
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地中海沿岸には多くの遺跡が点在する。
クレオパトラも歩いたというエフェソスとキプロスの対岸あたりにあった名も知らぬ海城。

 
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アジアだけを10万キロも走って来たというスイス人と、イスカンダルンのバイク屋
にあった1956年製BMW250.ドライブさせて貰った。


TR_F          WHAT  IS  TURKEY?

 この国も、以前は周りの国々のようにイスラム主体の国だったが、ケマル・アタチュルクという偉い人がそれを改革、その結果イスラム圏で一番の発展を見た。古くから友好関係にある日本には特に好意的で、食事は美味く、見るところも多く、旅をしやすい、いい国である。だが最近は日本人ツーリストのアホさ加減が知れ渡り、一番のカモになっているもよう、注意されたい。
 それに、イスラムをおろそかにしたぶん周りの国から白い目で見られていることも確かで、最近イスラム原理主義の政党が力を持ってきた。それが気がかりだ。

SYRIA

 イスタンブールでシリアとヨルダンのビザを取り、イスカンダルンから入国。手続きには2時間かかったものの意外とすんなり通過できました 。テロ支援国家としてアメリカから睨まれている割には平穏で、日本人には好意的でした。ただしヨルダンは別。国境で6時間も取り調べられた挙げ句、結局入国拒否されたのです。
 その理由は、この時コリアオリンピックの年で、日本赤軍のテロを恐れ、日本人は陸路入国させない、ということになっていたのです。日本からバイクで走ってきてテロするかい!と係官に怒鳴っても後の祭り。おかげで3000キロ引き返し、ロードス島から船でイスラエルへ入ることになってしまいました。追い返された国境と船が着いたハイファとは直線で100キロ弱。これが中東の政治の距離なのです。

PALMYRA

SR7  SR11 SR8 SR3

ここを見るために中東にやって来たようなものだ。
遙か紀元前、シルクロードの終着点として栄えた。着いてすぐ、旅人がまず歩いたという列柱道路を
当時を思いながら走った。 アジアを走ってきた者として、感無量。

 

SR4

列柱道路のそばにある劇場跡。バイクを入れ、しばし誰もいない舞台に座っていると観客のざわめきが聞こえてきた、
ような気がした。この日、気温は軽く40度を超えていたから、でもないように思えた。
遺跡の中にあるゼノビア( ここの女王だった人の名 )ホテルの庭にテントを張り、数日滞在した。

 

SR5    SR6

この国の白バイは日本の白バイのお古だった。部品がないのか、シリンダーヘッドに
ウエスが巻き付けてあった。右はシリア製 (?) のトライク。

SR_F           WHAT  IS  SYRIA?

 この国は、テロ支援国だそうである。でもそれはアメリカが言っているだけで旅をしてみたらそんな危ない雰囲気はなかった。金にはシビアな人が多かったが、国境でも町でもムカッとくるヤツには出会わず、騙されもしなかった。逆に気さくなオヤジが多かったくらいだ。ただし、トイレは今まで通ってきた国で一番キタナかった。
 シルクロードの昔からの習慣なのか旅人には好意的だし、特に日本人には好意的のようだった。意外だったのは、同じアラブのヨルダンを嫌っている人が多かったこと。ヨルダンに追い返されたことを再入国の時言ったら、周りの警官みんなが私にカラシニコフを渡して、「 やっちまえ 」 とマジで言っていたくらいだ。遺跡はすばらしいし、また行ってみたい国だ。


ISRAEL


 ロードス島発、キプロス経由ハイファ行きのフェリーで36時間かけ、イスラエルへ入りました。周りの国が全部敵、建国から今までずっと戦時中、というこの国に入国する時は徹底的な荷物検査が待っていました 。
 爆発物を恐れ、ゴミ箱を警察官が定期的にチェックしているし、休暇中でも兵士はマシンガンをぶら下げているし、町中がぴりぴりしていていつ爆発しても不思議じゃない、という感じでした。実際、街中でよく夫婦ゲンカをよく見ました。物価は高いし、食い物は美味くないし、あんまりツーリングに向く国ではありません。唯一中東問題を肌で感じることが出来ることと死海で浮かべること、くらいでしょうか。
 この後、シナイ半島を横切り、エジプトへと旅を進めます。

DEAD  SEA

ISL1   ISL3

イスラエルへ行ったらここだけはどうしても外せない。
世界一低い土地 ( 約−400メートル ) のクソ暑いキャンプ場に泊まり、泳いだ、いや、浮かんだ。
浮かびすぎて泳げない不思議な体験だった。ちなみに、今ではホテルがいっぱい建っているらしい。


ISL2

このユダヤ教の聖地、嘆きの壁の前では多くの人が壁に頭を打ち付けながら泣いていた。
ところがすぐ上にイスラムの聖地があり、そしてすぐ近くにキリストが張り付けになったゴルゴダの丘があるのだ。
本当に神がいるなら、奪い合い、殺し合うことが確実になる聖地をこんなに近くに作るかい、
とますます神を信じられなくなった。


    ISR.F       WHAT  IS  ISRAEL?

 嘆きの壁近くで地元のヤツらと話をしていた時、
「ユダヤ人は世界中にちりちりになって可愛そうだったんだぜ。だから約束の地に我々ユダヤ人は国を造った・・・」
という話が出た。
  そこで、『 中国人の方がもっと世界中いろんな所に住んでいるけど、誰も万里の長城の前で泣いているヤツは居ないぜ、第一そんな何千年も前の約束はとっくに時効だよ。ここには他の人が住んでいたじゃないか 』と言ってやったらヤバイ雰囲気になった。
 イスラエル人は世界一自己愛、自国愛が強く、わがままな国民で、後にアメリカへ行った時、いろんな所にホロコーストミュージーアムがあって“ 虐められ自慢 ”にはうんざりして驚いたが、ガザ地区のパレスチナ人街に行った時、即、ここに来る前に訪れた東ヨーロッパの旧ユダヤ人ゲットーを思い出した。
 自分たちがやられて散々懲りているはずのことを他民族に対してヘーキでやるメンタリティは理解できないし許せない。軍隊がやったら防衛で、武器もない個人がしかたなく爆弾抱えて自爆したらテロかい!
 でもイスラエルの人がこれ読んだら怒るだろうなあ。人の言うこと聞かないからなあ。モサドに暗殺されたりして・・・。まあ、アホな男のたわごとですから。

 

ASIA  FIN

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