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 オヤジの世界一周は1986年の7月、この大陸の街、メルボルンから始まりました。
 当時はダートも多く、メインルートも舗装が悪かったようです。西回り、6カ月間、26000キロの旅をご覧下さい。写真はクリックすると大きくなります。他の大陸へは下から飛んでね!

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この大陸の近道は下からね。

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プロローグ

 バイクで世界一周をしようとオーストラリアへ旅立って、もう16年以上の月日が流れてしまいました。19歳で日本一周をやり遂げ、漠然と、次は世界一周だ、と思ってはいましたが、日々の生活に追われ、月日は過ぎて行きました。
 そして27歳になったある時、『今しかない!』という天の声が聞こえて来たのです。その日から準備が始まりました。それまで海外旅行と言えばグアムと香港しか行ったことがなかったのに、何の情報も無いまま、いきなり5年をかけて世界を一周してしまおう( いろんな理由により無帰国一周は果たせず、結局延べ10年もかかってしまいましたが )というのだから少々無茶だったかも知れません。
 でも、今思い返してみても何の後悔もありません。むしろやって良かった、出来ればもっと早くやれば良かった、もっと隅々まで走っとけば良かった。と思っているくらいです。これから旅立とうと思っている人( バイクに限らず )のきっかけになれば、と思います。

2002年9月12日、記    

西へ、西へ


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旅立ちの朝。ここから長い長い旅が始まる。 メルボルン

 始めて赤道を越え、一人で降り立ったオーストラリアは、狭い島国で育った人間にはとんでもない広さで、十分すぎるほどビビらせてくれました。出発の日までは、これから始まる旅のことを思って、不安と期待で眠れなかったことを想い出します。
  ’86年7月14日、まだ寒いメルボルンの街に別れを告げ、西へ向け旅立ちました。

 

      

メルボルンを抜けると草原地帯になり、やがてなだらかに続く美しい高原になった。
更に走り続け、午後遅くなって海岸に出た。そこは果てしなく奇岩が続いていた。
出発して2日間はまだ緑が続く。信号はもちろん無いが、たまにはこんな交通渋滞が・・

 メルボルンを発って3日目、ポートオーガスタを過ぎる頃から徐々に緑が消えてメいきます。ここからが真のオーストラリア、アウトバックの入り口なのです。ボルンの街に別れを告げ、西へ向け旅立ちました。

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